
ゴルゴ13
それこそ13年程前の話だろうか。
熾烈を極め、激務と呼ぶにも生温い、表現の更にその先を求めたくなる仕事をしていた頃の話だ。
その振りはまったく活きてこない話なので、そこはご愛嬌。
家に帰るのは決まって深夜だった。
それでも父は、私の帰りを待っている事が多かった。
当時の仕事を否定する気は一切ない。
寧ろ良い経験であり、何も背景のない私の様な人間を雇ってくれた事を未だに感謝していおり、何も返せなかった自分を恨んでさえいる。

話は戻る。
家に帰ると親父はTVを見ていた。
「ただいま。」
「おかえり。」
それ以外会話はあまりない寂しい2人の男だけの暮らしの中で、親父は変化を求めたかの様に、見ていたTVの話題を降ってきた。
13程前というのは、そういったTVの絶対的メディア支配が薄れ、インターネット世代との確執がもっとも顕著に現れはじめた頃で、その時点で、話題の中心をTVに求める父と子の温度差は明確であった。(因みに現代を生きている若い世代の方達にはピンとこないかもしれないが、かつてはテレビがメディアの絶対的頂点。情報は主にテレビから得ようとする時代があった。)
またまた話は戻る。
「今のゴルゴ13結構面白いんだよ。」
父は言った。
私は無視をした気はないのだが、多少口を開く事すら億劫で、何も言わずに続く言葉を待った。
「ゴルゴ13の声、今誰がやってるか知ってるか?」
父は続けて言った。
「知らない。」
とだけ子は応えた。
その場の空気は、「ゴルゴ13の声を1度聴いてから判断してみよう。」という、クイズ的な空気に変容していた。
私は黙ってリビングに腰を降ろし、そのクイズ的空気を享受した。
しかし、相手はゴルゴ13。
なかなか喋らない。
そして
最後まで一言も発さぬまま終わった。
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というエンドロールを見て、「最後まで喋らなかったな。」と言った父はどこか寂しそうだった。
「ゴルゴ13面白かったな。」
となんとなく、しかし本心でそう思った感想を残し私は部屋へ戻った。
少し早く仕事が終わる事があったら、早めに家に帰って親父と話をしよう。
そう思った夜から時は過ぎ、なんだかんだ今は毎日料理をしながら父と話をしている。
楽しいわけでもないし、これと言って幸せという訳でもない。
それでもあの日のゴルゴ13が、私は忘れられない。