過去

STAY GOLD [ 2 ]

誰一人として客の来ない焼き鳥屋に、彼は頻繁に遊びに来てくれた。

目標を定めた彼はどことなく大人になり、早々に暗礁に乗り上げた私はいつも酷くちっぽけに見えているような気がしていた。

誰もいない店のカウンターに腰掛け、気遣いで注文しただけの食事を終えて店を出るまでの間、彼は一体何を思っていた事だろう。

※画像はイメージです。

二人の間に大きな隔たりがあった訳でもなく、途方もない時間が流れた訳でもない。ただ、なんとなく寂しかった。

店が暇でぼーっとしていると突如として店の戸が空き彼が入ってくる。と言うのがいつものパターンなのだが、ある時珍しく店が混み、食材が足りなくなった為外へ食材を買いに走っている最中に店へ向かう彼と出会った事がある。

「おい。」

と話しかけても返答なく、肩を叩いてようやく気付く。

彼はMDウォークマンで音楽を聴いて他のだが、髪が長い為イヤホンが私には視えていなかった。

久しく音楽の話もしていなかった事もあり、彼が音楽を聴いていることが意外に思えた。

MDウォークマンとは、60分から120分程収録可能であるMDディスクと呼ばれる記録媒体に音楽を録音し、専用の機器で聴く音楽プレイヤーであり、当時は利用者も多かった。

「何聴いてるの?」

と聴くと、彼はMDディスクを私に見せてきた。60分収録可能であるMDディスクには

Coffee shop

とだけ書かれていた。

「え、他には何が入っているの?」

「何も入ってない。60分間coffee shop だけだよ。」

私はなんだか嬉しかった。

MDウォークマンの覇権は短かった。

本格的没落

焼き鳥屋から逃げ出した後、家には帰れなかった。

のこのこと家に帰ることに抵抗があった、と言っておくのが最もらしい言い分ではあるが、実際は借金の催促の電話が鳴り響いているであろう実家に帰りたくなかった。携帯電話も止まっていた為、逃げ出すにはいいタイミングとすら思っていた。

私は帰る場所のないフリーターとなり、人生を謳歌していた。勤め先の漫画喫茶にほぼ住み込んでいるような生活等、本格的に没落した生活そのものではあったのだが、一番の青春の一幕でもあった。しかし、そもそもこの話は「彼」の話であった。なので今回は関係ないので割愛するとしよう。

この頃から彼とは、再び以前と同じくらいの頻度で会うようになっていた。そして

彼は専門学校を辞めた。

遊びすぎたのか、何を考えた結果なのか、彼は様々な理由を語ったが、結局何が理由のなのかはよくわからなかった。

今思えば、この頃既に「彼」は出会った頃の「彼」とは大きく変化していた気がする。私にとっては変わらない存在であった為なかなか気づけなかったのだが。

彼は「保育」の学校に通っていたと先述していたが、その頃から大凡15年程の時を経て、同じ職場で働きだした際に偶然彼の履歴書を見るタイミングがあった。(偶然とは言うが、保管されているものを正直興味を持ってみた節はある)

そこには「〇〇○音楽学校 リトミック科 中退」

と記載があった。

彼が音楽の知識を潤沢に得ていた事等、その頃の彼の変容に関して腑に落ちる結論ではあった。私には気を使った結果嘘をついていたのであろう。

この頃、彼の抱えている感情を少しでも読み解いていたら、あるいは我々の関係は破綻していたのかもしれない。

バンド結成

私の働いていた漫画喫茶にギターを弾ける人間がいた。それなりに気が合い、一緒にバンドをやるか?という話になった。暇だった私には嬉しすぎる提案であった。

「労せずに何者かになりたい。」と言う欲求は結局のところ何処までも私の心を掴んで離さなかったのだ。

1も2も無く「彼」を誘った。

彼は快諾した。

横浜駅西口から歩いて10分程。鶴屋町の薄汚いドブ川沿いに立つビルの中にあるゲートウェイスタジオというスタジオによく入っていた。皆横浜駅でアルバイトをしていた為都合が良かった。

バンドのメンバーが度々入れ替わったが、それでも彼と私は離れる事なくバンドというおもちゃを使って遊び続けた。

夜通しスタジオに入り、結局何も生産的な事は行われなかったとしても満足だった。

眠い目を擦って、無駄に体に鞭を打って、何も産み出せなくて、何にもなれなくて。

それでも楽しかった。

横浜鶴屋町のスタジオで遊んでいた日々は、今思うと実はそんなに長い事続いてはいなかった。それでもあの何も産み出さない日々が今でも輝いて見えるのは、きっと・・・。

ある時私は彼に言った。

「君はHi-STANDARDが好きじゃないけど、それでもね、いつかSTAYGOLDを聴いて泣く日が来るよ。俺にはわかる。」

「絶対泣かないね。」

「いいや泣くよ。密に音楽と向き合った奴で、STAYGOLD聴いて泣かない奴はいないよ。」

「あんな短くて明るい曲で泣く訳ないよ。」

「だから泣けるんだよ。」

だってそれって青春そのものじゃないか。

続く言葉は流石に恥ずかしくて飲み込んだ。

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