日常,  過去

建設現場

「今年の夏は蝉が鳴かない。」

誰かがそんな事を呟いていた20年程前の話。

不名誉な暇な日が続いた。

18歳の夏。

神奈川県某所、当時大層な田舎町だったとある駅に商業施設が建設されることとなり、大規模な建設工事が始まった。先述した通り暇だった私は、建設現場が見渡すことが出来る派手な黄色いベンチに連日腰掛け、コーヒーを片手に一日中工事の様子を見て過ごしていた。

そこで働く人々の役割を想像しながら見て過ごすのがとても楽しかったのだ。

その内、多くの役割を理解する事が出来てきた。

足場を作ったり、ペンキを塗ったり、セメントみたいなものを流し込んだりするニッカポッカ姿(時代)の職人さん達もいれば、恐らく職人さんに指示を出している立場であろう作業着姿の人もいた。ジーンズにトレーナーなどのラフな格好をした色々な仕事をしている便利屋のような人達もいた。彼らは日雇いの派遣バイトさん達である事もすぐにわかった。

しかし、どれだけ観察しても、役割が一切想像できない人がいた。

服装は派遣バイトさんのようなラフな格好をしてる人なのだが、なんの仕事もせずにとにかく歩き回っているだけの人がいたのだ。仮にその人物をXとしよう。

気になってXを目で追うが、本当に全く何もしていない。Xはとにかく上へ行ったり下へ行ったり歩き回っては定期的に建物の一番上に来ては周りを見渡す。サボっているだけとも取れるが、それにしてはやたらと動き回りすぎている。運動量だけでいったらXは他の誰よりも動いているかもしれない。その証拠に常に汗を拭いている様が見てとれた。

なんとしても謎の人物の役割を暴きたいというその一心から、私は建設現場の派遣バイトに応募し、即日働き出すこととした。

想像以上に疲れる仕事であったが、めげずにXの正体を突き止める為に頑張った。

そして働き出して1週間程経った頃、この工事現場のセキュリティーがとてつもなく甘いことに私は気付いた。

別に働かずとも、ヘルメットさえ被っていれば現場に入れてしまうのだ。

働きながらXの正体を探ることに限界を感じていた私は、自身の休みの日に潜入することにした。

休日に何をしているかと思わず突っ込みたくなるが、ここまでずっと暇を過ごしていたのだから頑張るには良い機会だと、張り切って真相解明の為に奔走した。

常に吹き出す汗をタオルで拭いながら、まだまだ未完成な施設内を上ったり下がったりしながらXを探した。

派遣のバイトは数多くいるが皆矢継ぎ早に次の仕事が振られ、暇を持て余しているものなどいない。

休憩中は大型の扇風機がある部屋でゆったりと過ごしている為、現場で何もしていない人間など見当たらないのだ。

私はなかなか成果を挙げられない事に落胆し、最上階へ登りあたりを見渡した。

遠くを見るとうっすらと富士山が見える。なかなかの絶景だ。

目線を少し下に落とす。

いつも座っていた黄色いベンチが目に留まった。

そこにはコーヒーを片手に建設現場を興味深そうにじっと見つめている若い男がいた。

「今年の夏は蝉が鳴かない」

誰かがそう呟いた夏の出来事だった。

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